脳裏に思い浮かべるのは、ただただ、あの人。
きゅぽん、という、小さいけれども、中に入っている物が何なのか、大きなワクワクをくれる音がした。
大きな手のひらに、小鳥のようにその小瓶はすっぽりと収まっている。蓋が空き、空ろとも思われるような黒い入り口をロホに向けている。
脳裏に思い浮かべるのは、ただただ、あの人。
折角なんだし、もっと面白いものになればよかったかなあ、とふと思う。例えば空を飛びまわれる鳥とか、口から火を吹くドラゴンとか、海の中を自由に泳ぐイルカとか。
けれども、どれも一人きりじゃ楽しくないのだ。
小瓶から漂っている(と思われる)、その液体の匂いを嗅ぐ。
味のほどは”むしろ甘い”とのピーチ女史からのお言葉どおり、ほのかな花の匂いのような、蜜の匂いがした。
なりたい自分を思い描く。
脳裏に浮かべるあのひとのことを少し退けてやって、目を閉じて自分の姿を思い浮かべる。
遺跡外の宿屋の中、朝が空けて間もないとき、まるで急かすように、冷たく重い空気が素のままの足元に絡み付いてくる。
あのひとは、まだベッドの中だ。
ちろり、と後ろを向くと、”彼女”はやっぱりベッドの中にいた。
眠りについたままとほとんど変わらない寝相で、寝息も聞こえないほどに眠っている(もしかしたら、狸寝入りというやつかもしれないけれど)。
(まだ人とは言えないような少年のころ、あなたと出会い、何十年と先に再会した。
その間の何十年は、いわば、失われた時間、失われた自分だと思う。)
(だから、俺が変える姿は、変わる姿は、なりたい姿は、あなたがみたことのない俺、なんだ)
(まあ、見したいってだけなんだけど…)
ぐい、といっきにその小瓶を飲み干す。
日没まで、自分の思ったとおりの姿でいれる、魔法の薬。
(さて、何といって起こしてやろうかな?)
(彼女のことだ、もしかしたら気づかないかもしれないなあ…)
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