昔話をひとつ。
俺はそのとき、まだ駆け出しのルチャドールだったけれど、若いながらもなんとか人気が出てきていた。
最初は日雇いで、屋外の適当なリングで、これまた日雇いのルチャドールとばかり戦ってた。そのうちチームの上のほうに認められると、晴れて長期契約というわけ。
その契約がもらえて、1~2年かたったころだった。
あまり有名でないチームにいたけれど、丁度ガールフレンドとも別れて(茉莉じゃないよ)、いろいろなしがらみがふっきれて… 俺はルチャだけに打ち込むことができた。
若かったし、まず頑張ろう、とにかく一生懸命やろうって、毎日たくさん練習した。
沢山試合もやって、たくさん笑って、たくさん失敗して、怒って、泣いたりした。
仲間が出来て、認めてもらえて、ちゃんとした会場で、ちゃんと試合で名前をコールされて、ちゃんと声援が返ってきた。
多分、俺、このときが一番カッコよかったと思うんだよね。
まあ、今も今の俺の見てくれは悪くないと思っているし、わりと気に入っているけれど…
あんときの俺は、やっぱ面白かったろうし、一番輝いてた。
だけれど、あのとき、俺に足りないものは君だった。
君はあのときの、俺を知らない。
ずうっと、何よりも、誰よりもそばにいて欲しい人に、一番俺のカッコよかった時を見せたい、っていう気持ちは可笑しくないよな?
君は鼻たれの俺を知ってるのに、だ!
ああ、やっぱり、褒めて欲しいんだろう、俺は。
若さにしがみついている、というわけじゃないけど…
上手くいえないんだけれども、もらった賞状を親に見せに行くガキみたいな。
結局そうなっちゃうんだよな。
でも、俺の子供じみた思いつきを、十分楽しんでくれた君は、きっとやっぱり俺の恋人なんだと思うんだ。
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