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君に、酔う
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台所から彼女の鼻歌が聞こえてくる。
本来ならそこは俺のキッチンなわけで、そのフライパンと鼻歌は俺のものなのだが、最近の俺は彼女に対してどうも抵抗する気がおきなかった。



路地裏からはガラス瓶の割れる音と野良犬が吠える声が聞こえる。まぁ、そんなに治安が良い場所じゃないんだ。
俺はというと、ゴミ捨て場から拾ってきたのを三日かけて直したソファに座りこんで、何回目かの雑誌に目を通していた。
きらびやかな写真と絵とわずかな文章なので、頭の良くない俺にも容易く読めるような内容なんだけど、何回読んでも内容が頭に入ってこなかった。
ささやかな読書の達成を諦め、ソファを俺の重みから解放してやると、彼は嬉しそうにギィと鳴いてみせた。現役のルチャドールの体重はそんじょそこらじゃないんだろう。
かといって俺は彼を敬うようなこともせず、キッチンに近い場所にある調味料の棚の奥へ手を伸ばした。雑誌からアルコールへの浮気ってわけだ。いや、雑誌が浮気だったのかな?もとより、俺は浮気できるほど器用じゃないんだけど。

ところが俺の手は浮気相手も本命も捕まえられず、ただ空を切るに終わった。疑問符が自分の頭の上に浮かぶのがわかった気がする。
しゃがんで奥をよく覗き込んでみると、買ったばかりの気に入りのテキーラが、ない。

「俺のラシマ知らないか?」
「知らない」
「うそ」
「知らない。さっき捨てた奴なら、いちいち銘柄見てないから」

さっきのガラスの割れる音はそれだったか。
俺はキッチンの窓から路地を見下ろすのも面倒になって、相手を見つけ損ねた右手を自分の後頭部に当て、ぼりぼりとそこを掻くだけにした。
彼女は長くつややかな髪を後ろで縛り、二人分の夕食を作っている。鼻歌はいつの間にか止んでいた。

彼女とは幼馴染みというやつだ。
なんとなく気が合って一緒にいて、なんとなくお互いを意識しはじめ、手を繋ぐことが特別に思えてきて、口づけをし、大人になり(もしくは大人になったと勘違いし)、体を重ねた。けれども俺は彼女とは結婚しようと思っていた。俺は彼女をなんとなくではなく、ちゃんと愛していた。これは本当だ。

俺がルチャのライセンスを取得し、俺の国でいう成人年齢に達したころから、彼女とウマが合わなくなった。
彼女は、俺が酒を飲むことを快く思っていないのだ。
彼女は、酒を飲んだ男は女性を殴るものだと思っているんだ。

事実、俺は酔っても酔わなくても、彼女をはじめ女性に手をあげたことはない。幼い頃の喧嘩にならない喧嘩を抜かすならば、思春期から今までにかけたって、滅多な事じゃ人を殴ったことはない。彼女もそれを知っている。
けれども、彼女は酒が俺を変えると信じているし、それゆえ恐れている。
俺は何度も言ったし、抗議した。俺は君の親父とは違うと――。

要するに、俺は彼女から信頼されていないのだ。
嗜好品に支配されるような、安い男だと思っている。
俺よりも酒のほうを信じている。

彼女は女性が家を守り、家事をし、男は安定した収入を家に入れる、これこそが幸せであると思っているふしがある。
これを全家庭が行えば、世界は平和になるとでも言い出しそうなぐらいだ。

「だって―本当にルチャドールになるだなんて思っていなかったんだもの」

かつて俺を震え上がらせた台詞だった。
ルチャドールになるなら付き合ったりしていないということ。
あんなにずっと、小さい頃から言っていたのに。
子供のころから、俺はずっと信じてもらえていなかったんだ。

疲弊していた。
酒を飲めないことにではなく、なんだか脅迫されているような、監視されているような、悪い意味での、恋人以上の関係に疲れ切っていた。
彼女が求めているようなものは、俺は何も持っていないのに。
そして、俺が求めていることを彼女はしてくれない。

口論になるのは嫌いだった。
ソファのゾンビと彼女との関係のどちらかが長持ちしたかは、想像におまかせする。
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Eno.745(前期1378)
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